昭和49年04月23日 月例祭



 まああの久留米の記念祭の、もう本当に合楽の御神縁を頂く人達ゃもう全部お参りをして頂きたいと思いますね。何と云うても、合楽の根と思われる様な教会ですし、私自身久留米で七年間、もう是こそ毎朝の御祈念にお参りをして、初代のお取次を頂いて、矢張り修行をさせて頂いた場でもありますし。それは直接の出社は二十七ヶ所、ですから七十位ありますしょうでしょうか、私共の様な孫の教会まで合わせますと。
 ですからその方たちが皆先程もう杜若(かきつばた)とか、菖蒲(あやめ)とかと頂かれたと云う事は、それこそいずれが菖蒲か杜若と言った様な精鋭がね、もう各教会でおかげを頂いておる人本当に人達が、あの親教会親教会と云うて七十からもの教会から集まって来ると言うのですから、大変なお祭りであろうと思います。ですからそう云うご比礼に浴すると云う事は有難い事です。
 この頃からここの御大祭でも、もう兎に角合楽の御大祭にはお弁当だけでも、食べていかんなんと云う位に、おかげ頂くんです。それは出先だからと云うそんな事じゃないです。例えばそんならカレンダ-ならカレンダ-を頂いてまいりました。それが後々迄どれだけおかげの元になるじゃ分からんです。もうそれこそ現金光様のお歌と云うたらもう、是は一つのインスピレ-ションだと、私は何時も思うんですけども、その中から選って選って、選りぬぐられたお詩がある。
 しかも三十一日しかもあの現在の日本一と言われる、かな文字では第一と言われる程しの、池尻先生があの書かれた物を、石版刷りにした物らしいんです。随分念の入った物らしいですね。それをもらうと言うのじゃなくてね、おかげを頂くと言う意味でね、一つ皆さん奮発して頂きたいと思います。どうか合楽の方たちはねもう合楽が一番良いかの如く思ってから、他所のとはじゃなかごたるふうなね。昨日に三日前その様なご理解頂きましたよ。是はもう大いに謹まなければいけない事。
 それこそいずれか菖蒲か、杜若かと言うような人達が皆集まって来るでしょうからそう言う、良い物を頂いて来ると同時にあの金光様のすぐの弟さんで、金光家から初めて荒地布教に出られると言う程しの元気のあるお徳のある先生です。その先生がわざわざ久留米教会の記念祭に御開教、ご講話が護佑先生のお話だと云う事で御座いますから、それを頂きたい。だから兎に角、一日位の事じゃないですからね。
 どうぞ一つもう奮って、明日あの車に乗りきれない所はあのバスで、ここからおいでられれば良いのですから、だから一時間前にはどうでも出なければ、一時間前にはあちらのお広前に、恐らくそれでも、座られんかも分からんのです。そりゃ付け出しが沢山出てるそうですけども、ですから一時間前にはあちらへ付きたいと思います。十一時だそうですから、ここを九時半に出たら向こうに十時に着くでしょう。
 それで出来るならばここん所へ合楽の者は、私は座りたいそして直接お顔、お祭りを又はお説教を側で頂きたい、そう言う私は願いを持っております。どうどよろしくお願いします。それから二十八日は是はあの直接の親である、善道寺の教会の春の御大祭ですからどうぞお忘れなく御参拝を頂きたいと思います。二十八日これはあう十時半からで御座います。どうぞよろしくお願いします。
 先程前講に、久富先生がお話になっておりました中に、もうとにかく親先生の御理解を頂く事だ、一言だけでも行ずる事だと言う、言う様な事を言っておられます。是はもう確かにそうです。今日ちょうど午後の奉仕をさして頂いております時に、真剣なおももちでそれこそ、末永先生が、御結界へ出て参りました。本当にそれこそもう身の毛のよだつ様な修行もしよります。
 それはもう私の知らん修行もしよるでしょうし、知った修行だけでも、もうそれこそあの、そんなにまでしてと思う位だけれども、一遍は親先生が通られた修行だからと言うのらしい、この頃からもあの一食修行も長いあいだつづけておりました。それでそう言う例えば修行は最近雑行の様に感じられて参りましたと言うのです。ざつぎょうと言うのは親鸞上人様がね、弥陀の本願いわゆる天地の親神様の、御神意御神慮を体していくと言う事が、親鸞の信仰だと。
 別に水かぶったり、その荒行、表行をせんでもいい。それはむしろ雑行だと言う風に説いたんです。私もそう思います、けれどもそう云う神様の御神意、御神慮いわゆる弥陀の本願が私の上に又は、社会に現されると云う事のためにです。ために私は表行もしておるというのでなかなきゃいけない。水をかぶることも断食する事もそう云う意味で本当に信心が解りたいからのそれなのである。
 ここへ来て暫く御祈念をしておりましたから、ちょっと違ったあのここへ出て来方が違ったなと思っておりましたら、私が頂きます事がね丁度あの芸人風のね、人がスキットしたこう和服を着てから、紺の博多に線が一本ポーンと入ったね、それこそ粋な角帯を締めてね、此処へ座ったとこを頂いたんです。そしたらどう云う事だろうかと思ったら、三味線を二人で、二挺三味線で稽古をする所を頂きました。私は是を頂いてです。なんと是でおかげを受けられない。
 ここに至らなければ合楽に御神縁を頂いておる人達は、おかげは受けられないと云う事を、今日は末永さんに聞いて頂いたお話を、聞いて頂こうと思うんです。確かに親先生の仰る事を一言でも守る、行ずると云う事は素晴らしい事だと思うんですけれども、是は例えば三味線の稽古をさしてもらう、こう打ち向かいで先ず第一に調子を合わせなければ出来ません。こちらが二あがえ、お師匠さんが二あがるならば、習うほうも二あがるのいわば調子を同じ調子に合わせて。
 それから四五回も弾いておりますともうまるきり自分が弾いておる様に錯覚する位に良い音色が出てきます。それはもう始めはいけませんけども段々その自分で自由自在に是があのう、かん所が判る様になりますとです。もう五回も弾いて貰うと例えば長唄でもです。一通りはもう自分で弾ける様に感ずるです。そして離れてみて又家に帰って、家で弾いて見るとあそこも判らなかった。あそこはどうじゃったじゃろかと忘れたりしておりますから、まあ一遍さらえて貰うと大体本なもんになるとです。
 私あのう今日末永先生からお伺いをする前に頂いたのがです。成程信心の帯はシャンとこうして出来とる言うならば、芸人の姿であったと云う事は、その三味線の言わば稽古を本当にすると云う事だと思ったんですけれども、だから調子も合わせずにです。「末永さん、あんたが私の信心の調子も合わせずに、例えばさあ人の真似の出来ん様な、それこそ身の毛のよだつ様な修行もさせて頂いておっても、それは大した事でないて先ず調子を合わせなければ」是はもう楽器をもう少しかじられた方なら。
 すぐ判ると思うんですけども。私が本調子になっておるならばこの向こうに座っておる人も、本調子にキチッと合わせなければ、稽古は出来るもんじゃないです。もしそれを無理矢理にお師匠さんの通りばこうこうやと、しよるならです。もうそれこそガヤガヤと言うだけなんです。それこそ五辺も弾いたならばもうお師匠さんの三味線か、自分の三味線か分からん位の音色が出て来るんです。ですから自分がもう錯覚する位ですもう自分がこげん覚えたじゃろうかと思う位です。
 けれどもそんなら自分で一人で弾いて見る。家に帰って弾いて見ると、そう云う素晴らしい中々良い音色も出ませんし、また忘れておる所もあります。そこでもう一遍、判らなかった所を弾いてもらうと、大体自分の物になる。「ここには信心の稽古に来る所」と仰るが、本気で稽古に来ると云う事はね、親先生の御教えを頂くと云う事も同時ですけれども、まずは私の信心に調子を合わせなければいけないと云う事。
 末永さん私は毎晩、夜中に一遍お広前を見て回るがね、第一あんたら今水行しよるだろうと思うけども、こちらはお風呂でもう何時もタオルが立派に掛かっておった事がない。蓋のしてあった事がない。もうそれこそいけになりさんぱちに道具が散らばっとる。こう言う事でね、あんたがずるな例えば行をしたっちや、大した事無かろうと思うよと、例えば、私に調子を合わせるといは、例えば今朝からの御理解の中で申しました様に、私は石鹸を使う時は必ず石鹸をタオルで拭いたり致しません。
 勿体ないそれでこの石鹸の片一方しかいらん、蓋の上にこうするとそうすると明くる日はカラカラに乾いてる。だから使う時も気持ちが良い石鹸も大変長持ちする。是は石鹸だけの事ではない、一事が万事に私はそうするんだと、云う話をもう昔した事あります。その時にあの桜井先生は、聞いておられたほんに成程そうだなあと思うて帰ってから、家内と話し合ってさせて頂いておりましたが、昨日何となくそんな話が出たんです。そしたら桜井先生がそれこそ奥さんと顔を見合わせる様に。
 ほんにあれ以来家には石鹸の不自由をしないなと云う程しのおかげを受けておると言われる。そしたらその今朝の御理解を頂いて、善導寺の久保山さんが出て見えてから、「本当に桜井先生は確かに石鹸のおかげを頂いておられますよ」。先月からあの娘勝子さんが東京へ行く時に、御餞別と云うて頂いた時にも「是は頂き物ですけども」と言うて、大変高級な石鹸を頂いた。それをあの幾つかあの御餞別に頂いた。それもやっぱり頂たもんと仰ったと云う事を聞いてね。
 自分が使うだけではない、進物にする物迄も不自由しござらん、石鹸だけにおいてはと言うとる。今朝からその事で大変おかげを受けた人がお礼に出て来ました。その後に私が申しました例えばある人がお金持ちの所に金を借りに行った。是は信心の話ではない所が「あなたは、お金が欲しいのですか、お金が惜しいのですか」と聞かれた。喉から手の出る様にお金が欲しいんですと言うた。
 「そんならあなた、お金は貯まらんばい」と仰った。お金の欲しいではお金にならんて、お金の惜しい人でなからなければ金は貯まらんて言われる。私は何時も綾部さんの事を思うんですけども、それはもうガバガバ出しなさいます。けれどももう絶対もうこの方ばかりは、私がじっと見ておる所から云うと、もう絶対無駄な金は出しなさらんですね。もうある意味で悪く云うなら、計算しちゃあると云う感じがします。
 もう言うなら生きた金しか使わんちゅう、もう無駄な金は惜しゅうして応えん、例えば綾部さんなんか金をお使いになる方でしょうけれどもす。そう云うどんなに使うてもです、綾部さんを知ってお程しの人ならば、皆んな感じられるだろうと思うです。随分肝太う使われるなあ、けれども絶対それは生き金なんです。あの惜しいと云う事はそう云う意味なんです。死んだ死ぬ死んでしまう様な金を使うては惜しいと云う人ならば金が貯まる。私はその話を今日したらです。
 今日はもう早速お礼に出て来ました夫婦で、帰りがけにね「おれ達が金に不自由をするはずぞ」と言うて、朝の御祈念を頂いて帰ったんです。そして半年余りどうしても、こうこうしたまとまった金が入って来る、もう日々お取次を願われるんです。出来そうにして出来んのです。そしたら今日はですね帰らせて頂いてから、もうすぐもうそれはそれはもう不思議な事でおれもうそれこそ大きな水引にね、あのお金を包んで改めて、そしてここにお礼に出て見えてから、あのうこうものが出ませんも、(笑)
 どうしなさったじゃろうかと思ったら、もうここへ出たとたんに感動しておられるわけです。願いに願っておかげにならなかったのが、今日家内と二人で自動車の中でです、俺んどんが金の足らないはずばいちゅう、お繰り合わせ頂かんはずばい、金が手に入ったらもうあれば買う是ば買うと云う、こげな事じゃいかんばい、本気で惜しいと云う事を解らにやいけんよと云うて帰った、帰ったら早速おかげを頂いたと云うてお礼に出てきました。二、三日程前です夜中に北野の秋山君、誠二君がやって来ました。
 もうそれこそ思い詰めたごたるふうで、「親先生あの二十三万円の自動車がありますけん、買うちいいでしょうか」もう家ではもう手から、あのうもう家では手からあんたがそんな事親先生にお伺いせんの、こう言われたかなんかだったんでしょう。そいであのうもう、それこそ一生懸命の思いで来た時に「そうねまあちよっと待たして頂いたら善かろう」ともう、がっかり肩を落とす様なんが見える位であった。
 私は出ながら御取次した。もう丁度都合良かとがあったごたるです。けれどももう一時見直したら良かろうと言われたもんだから、もうがっかりしたるごたる風で、出て行きました。そして帰ってからです。今日お母さんが来てからお届けするんですよ、「是が僕がね自動車でも買わせて頂いたら、朝参りでもさせてもろうて、お母さんやらお父さんば乗せてでん参るちゅう気持ちならなお許しは出るまい」とね、僕はその帰る道々思うたちゅう。そしたら今日そのお礼に出てきたのが、お願いに来たのがです。
 もう是も大変おかげを頂いてお礼に出てきましたが、その話をさせて頂いたらある人がですねそれはあのう、こう言う素晴らしいあのう誠二くんが乗るには丁度都合良かごたる、まだ一年余りもしか乗っていないのがあるからそれで、「買わんか」とその親戚の人が言うて来てくれた。そいで「この頃から金光様にお伺いしたばってん出来んと言われた」と。「それはあの時に金が無かけんで、ちゃんと神さんが知って御座るとじゃが」ちゅう、「だから金は私が出してやるけんお伺いばしてんの」ちゅうでした。
 そしたら参りましてこうこう車があるけ言うたら、それはすぐお許しを頂きました、したら実はこの人がね、あのこの頃から大変合楽の金光様のおかげでね、おかげを頂いて、それから二、三日前にお礼に出てきて、帰る道々に嫁ごは全然信心はないけれども、是なら人は助かるはずだと云う話を聞いて帰った。どうかして秋山さんあう、お父さんなんかしてご恩返しにいかんばいちゅうて、その話して帰った。そしてたまたまその、誠二が「車を買う」と言いよるから。
 そんならこう言う素晴らしい車があるけん、是をあれに買わせよやないか、「お金がなか」「私が借りておこうじゃないか」と云うて昨日出てきた。その時にまた別にあの御届けがあった。是も二、三日前善道寺の青木さんと云うのが、親子連れで参って来た。ある事で大変おかげを頂いた。それから若先生が座ってたそうですから、「どげんなふうな、あなた方の息子さんがまだ嫁ごさんばまだもろとらんと」と言うて言ったら「そりゃあなた、そうにゃ見合いしよるんばってんまとまらん。
 出来けん。帯にゃ短したすきにゃ長いでと云う話しだったそうです。「そんならのう私がもうすぐおかげ頂ごとお願いするから」と云うて、若先生から言うて頂いた。帰ったら(笑)それこそ置いたもん盗るごたる話でしょうが、今日の話しは皆さん。この御大祭からこっちちゅうおかげは、そう云うおかげです。皆頂いておるのが。私もちっと驚いている位です。それは私の取次とか若先生の取次だけじゃないです。帰らして頂いたらこっちの願い通りの人が、「どうでんこうでんもらわんか」と言った。
 見へ行った両方の方が気に入った。「おかげで決まったから後でお礼御届けに行くけん、秋山さん御届けだけ兎に角若先生にしといて下さい」と云う事であった。そう云う例えばおかげがこう、大祭からこちら、皆さん兎に角家のうえ、変動が起ってる。何処の家にでも、是は間違いないです。もう何かが、起こりよるです。私は今朝方からもうそれこそ、もうまざまざとです。もう本当にこげな夢があるじゃろかと云う夢を頂いた。それを私がねもう、雲け一点ない大空へ向かってね。
 絵の具を。この大きな筆を持ってから、私が今からね空に絵を書くからと云うて、合楽の信奉者の方達がもう殆ど云う位沢山集まっています。その中にはっきりしておるのが、善道寺の久保山さんと家の若先生二人がはっきり私の印象に残っておりますが、私が松の絵を南の空に向かって書いたんです。そしたらもうそのもう見事なね、カラーでその松の絵がそれから私の丁度真正面に、ちっとこう行った所に辺りにまた同じ絵をを書いたんです。もうそれこそ見事な事見事な事。
 その絵がそれを久保山さんと若先生が、「こう言う素晴らしいおかげを見せて頂いておるのであるから、合楽の者だけでは惜しい、全世界の者に是を見せたならばなあ」と言うておる所で目が覚めた。皆さん合楽で今おかげを受けておる。本当にまたおかげの現われておる、または合楽教会でおかげを現しておるおかげと云う物は、世界中の人に見て頂きたいおかげなんです。金光様の信心をさして頂いて、和賀心、和賀心を目指さして頂いて、信心の精進をさして頂くならば。
 こう言う素晴らしいおかげが受けられるんだと云う事をです。私共の信者一人一人が、全世界の者に見てもらえれる様な、それがねいわば天竺一杯にこう書いたんですから、「是を世界中の人が見てなかったと云う事が残念だ、合楽の人達だけしか見てない事が残念だ」とこう言う。私は今日お食事さしてもらう時に西日本新聞を見せて頂いておりましたら、あれはカナダのユリなんとかと云うですね、あの超能力者がおるでしょう、やはり全世界で大変有名になって、英国では是はね宇宙から人で。
 何千年に一人ずつ宇宙から、この地球上にやって来る人の一人だと云う訳で、云うあの小説じゃなくて何であったか、あなた見なかったですか、見られませんでしたか、あの西日本に出ているんです、新聞に権威のあるそのお仕事の中に、宇宙からね、宇宙からやって来るんだと、そして地球上の人間にね、色んな事を教えるんだと。最近私が申しております二十五年後、地球上の破滅とか人類の破滅とかと言った様な、例えば予言がピッタリとこう合うて行きよる。
 それを食い止めるのは、今の合楽の私の言うておる事を聞くより他には無いと云う気がするんです。今日は私が大空に是を世界中の人に見せたいと言うておったのはそんな事だと思いました。そう云うおかげが現われてるんです合楽では。是は私の家に現われてるおかげなんかもっと素晴らしいんです。だから私は末永さんに今日は申しました。「例えばね、あんたが例えばどれだけ修行をさして頂いても、あんたに限った事じゃないけれども、私と調子を合わせて弾かなければ、何時までたっても。
 親先生が弾くごたるじゃろか、自分が弾くごたるじゃろうか分からんと云う様な味わいの物は生まれて来ないよ」と。「桜井先生の今日の話を聞いてご覧」今朝親先生はそうさっしゃるけと調子合わせたん。熊谷さんがお風呂へ入って、今までタオルをポンと掛けよったけれども「親先生はそれをこうして必ずこうしなさるげなと、シャンとせなだから、それを例えば真似だけでもさせて頂こうと思うと、もう感動が湧いて来る」と言われた。是は調子を合わせるから私と同じ感動が、喜びがわいて来るんです。
 そう云うです。言わば調子を合わせると云う事を、私はまずしなければ調子を合わせて、私の言う事を聞く、それを行ずると云う事にならなければならない。まずは調子を合わせる事だと、中々調子を合わせると云う事も難しいです。実はねもう「調子が合う様になりゃと一人前だ」と言われておる位ですから。
 今日は私秋山さんに申しました。「ちょっともう先生、もうほんに神様の働きに恐れ入ってしまうと前後の事色々、まあ自動車の事だけじゃない。本当に神様がお金のない事を見通して、けれどもあの子供が朝参りでも連れて行くちゅう気にならせて頂いて、したらそれこそ金は出してやろう自動車はよか車があるばいと云う様な、おかげになって来て、だから秋山さんそれはあなたいっちょんおかげじゃなかよ、あんたばそこばかりおかげ、おかげと云うけれどもね」。
 例えば成程親先生がね「暫く待たん」のと言わっしゃった時に、「はい」と言うておく事は、こう言う素晴らしいおかげを受ける事だと、本人も親達も判ると云う事が一番素晴らしい事ばいと私は申しました。私と無理にでも調子を合わせただけなんだ。皆はただ自動車が手に入った。金は人が出してくれた。ああと言う所ばっかりをおかげのように言うけれど、今日の夫婦でお礼に出て見えたそれもそうなんです。何年越しのおかげが、言うならば、帰りに帰ったらもう成就しとる。
 もうそれこそ此処へ出てきてから物が出らなかったですよ一時ばかり、だから私も所々聞いてから、はあ大体想像が付いた位です。ですから兎に角例えばその欲しい、惜しいじゃないけれどもです。惜しいの方をとらせて頂けれる生き方をです。是は私の生き方がそうでしょうが。其処の所を調子を合わせる。昨夜田主丸の共例会でしたから、もう帰って参りましたのが、十二時過ぎてましたでしょうか、文男さん、何時も裏へやって来てそしてひとしきり足をもんで、そしてからああ休みました。
「後でよか、もう良かばい」と決して言わんもんですからもう何時迄も、何時間かやっぱり二時間位揉むんです。しかし私は紋で居る中に、私と文男先生の心の中のある一つの、琴線と云う物が触れ合う、そしてピッタリまあ是は三下がりの様な事でしょうね、言うならば。その帳尻が合うんです。彼はどう考えておるか知らんけども私は合うです。合うたと云う気がするんです。
 もう何時迄も早よ帰ろごたるち思いよらんごたる、もう真から万からやっぱり揉んで揉みよる中にです。何かが通うんです。そこにね調子がピッタリ合う時々じゃあるけれども、そう云う風に調子を合わせる方法があります。と言うて皆さん方に足揉みしてもろては困るけんで、もう他の事でですたい(笑)もうその何をかをもってです。だから末永先生に申しまして、私は是程ほんならあんたが例えばお水をあちらの、新館の方の方で毎朝、毎晩替えよるじやろうとそんならね。
 はぁここでは本当にこう云う所でなら修行が出来るちゅうごたる雰囲気を作りなさいと、それにタオルをくちゃりと掛けてある。何やら汚れとる。下もあれはこうこう汚れたままと、そう云う事で、どがしか難しかったっちゃ、それは成程親鸞が言われる雑行にしかならんだろう。まず私と調子を合わせると云う生き方をです。折角本気で信心の稽古をしょうと云う、芸人なら芸人になろうと云う姿勢だけはもう出来ておる。
 スッキリとした着物を着てから、スキッとした角帯をして、そして今から師匠の三味線につれて、一つ稽古をさしてもらおうということになりゃ、まず調子を合わせなければいけん。それからの稽古である。四五回も弾きよるとです。それこそ熊谷さんじゃないけれども、桜井先生じゃないけれども、親先生がたったこの位な事で喜びが生まれなさるはずだと云う物をです。
 私は調子を合わせて行くと云う事は是はもう限りのない事です。ここに私は接見される、お広前へ来られたら、ここの雰囲気が判るです。だからその雰囲気がそのまま皆さんの家の家庭の雰囲気になって来る程しのね、おかげを頂いて、今日、久富先生が言われる所の、「親先生の仰る事を一言でも守ったら、それはもう必ず皆さんの物になる」と云う事です。私は今日は皆さんに、調子を合わせると云う事を聞いて頂きました。でなからな稽古は出来ません。
   どうぞ。